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秋田地方裁判所 昭和58年(ワ)273号 判決

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

津谷裕貴

被告

協栄物産株式会社

右代表者代表取締役

鴛海美裕

右訴訟代理人弁護士

建入則久

北野昭式

主文

一  被告は原告に対し、金一九九万〇五〇〇円及びこれに対する昭和五八年九月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は五分して、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金三三一万七五〇〇円及びこれに対する昭和五八年九月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は穀物等の売買及び輸出入取引の受託業務を目的とする会社であり、訴外因幡晴彦(以下訴外因幡という)、訴外葛巻正忠(以下訴外葛巻という)は被告の秋田支店営業担当者、訴外三浦隆弘(以下訴外三浦という)は同支店の支店長であつた。

2  原告は大正一五年三月生れで、○○○に勤務しているものであり、これまで先物取引、株式等投機性のある取引をした経験のなかつたものである。

3  原告は被告に対し、東京穀物商品取引所における輸入大豆の商品先物取引を委託し、別紙取引一覧表記載のとおりの取引(以下本件先物取引という)を行つた。

4  原告が本件先物取引をするに至つた経緯及びその具体的経過は以下のとおりである。

(一) 原告は昭和五八年二月一四日ころ突然訴外因幡から職場である郵便局に電話をかけられ、本件先物取引の勧誘を受けた。

右勧誘は訴外因幡が、原告が取引所から勧誘することを禁止されている公金取扱者であることを知つたうえでの、卒業者名簿等を見ての無差別の電話勧誘であつた。

次いで、原告は同年二月一七日勧誘にきた訴外因幡と右郵便局で会い、二時間程にわたり「大豆は種々の原料に使われ、その八割以上がアメリカのシカゴ産で今が最低の安値だから買つておくのが有利、輸入大豆の先物取引は絶対儲かり損はしない。今買つておくと莫大な利益になる。絶対に損はさせない。任せて欲しい。」等勧誘を受けたが、この時は先物取引は賭博と同じことであると考え、右勧誘を断わつた。ところが、訴外因幡が同月二一日再度原告に電話をかけ「シカゴの相場が下落しています。絶対の買い得です。今買えば絶対儲かります。損はさせません。チャンスです。三〇枚買つてください」等と執ように勧誘してきたため、結局原告は本件取引を行うことを承諾し、買い玉三〇枚を起こすこととし、同年二月二六日右三〇枚分の委託証拠金二一〇万円を訴外因幡及び訴外三浦に交付した。その際右訴外人らに対し大豆の値幅が五〇円から一〇〇円位大きく動いたら仕切るので被告は必ず原告に連絡すること、訴外三浦らは原告に損をしないよう責任を持つて指導するよう申し入れ、同訴外人らはこれを承諾した。

(二) 原告はその後しばらくは訴外因幡からの大豆の値幅などに基づき売買の注文を出し、利益がでたりしたが、利益のうちから原告が受領したのは同年三月四日の四万円のみであり、他は訴外因幡らが新規建玉を強引に勧めその証拠金と称して振替えられ、原告が利益金を受領することはなかつた。

(三) 原告は同年三月一一日頃訴外三浦から突然追加証拠金二八〇万円を納金するよう連絡を受け、加えて「全部仕切ると今まで出した証拠金合計二八〇万円がだめになる。両建を組むと前の証拠金も生きてくるし納金の追証拠金も損得なく返還になる」等と両建をするよう勧められ、結局これを承諾し、同年三月一五日被告従業員訴外葛巻に金二八〇万円を交付した。

(四) 原告は同年三月一六日結核で本荘市所在の国立療養所に入院した。そのため原告と被告従業員との連絡も一時とだえるなど滞りがちであつたところ、被告は原告に無断で売買を行い、更に訴外三浦から同年五月六日ごろ追加証拠金七〇万円を納金しないと今までの証拠金全部返還できなくなる旨の連絡があり、これに対し、原告は異議を述べ、次いで同年五月一六日被告に対し本件先物取引を全部手仕舞いする旨通知を出した。ところが、被告は本件先物取引の手仕舞いをせず無断売買を繰り返したため、本件紛争に至つた。

5  不当利得

(一) 公序良俗違反

原告と被告との本件先物取引契約は、被告従業員訴外因幡らの前記不当勧誘等によつて締結されたものであり、商取引におけるかけひきの相当性を著しく逸脱し公序良俗に反し無効である。

(二) 錯誤

原告は、訴外因幡らから本件先物取引の勧誘を受けた際に先物取引の仕組み、危険性、追加証拠金制度等の説明を受けなかつた。その結果、原告は先物取引、本件先物取引契約の内容、仕組みを十分理解できないまま本件先物取引契約を締結したものである。従つて、原告が右内容、仕組みを理解したならば本件先物取引契約を締結しなかつたものであり、原告には要素の錯誤があり、本件先物取引契約は無効である。

(三) 無断売買に基づく売買手数料

被告は前記のとおり原告の承諾を得ずに無断売買を行い、それによる手数料を原告から支払わさせている。右は不当利得となる。

(四) したがつて、被告は原告に対し委託保証金として預託した金四九〇万円の不当利得返還義務が存する。

6  不法行為

(一) 訴外因幡、同三浦は最初から先物取引については全く無知の原告から委託証拠金若しくは追加証拠金名義で金員を騙取しようと企て、前記のとおり、昭和五八年二月一四日ころから同月一九日ころまでの間、輸入大豆の先物取引が絶対に儲かり損はしないということはあり得ないのに絶対に損はさせない等と虚偽の事実を述べ、その旨誤信した原告から委託証拠金名下に金二一〇万円を、同年三月一一日ころ両建を組むと追加証拠金も損得なく返還になる等と虚偽の事実を述べ、その旨誤信した原告から追加証拠金名下に金二八〇万円を各騙取した。

(二) 商品の先物取引は極めて投機性が高く、その仕組みは複雑、難解で、僅かな単価の変動が莫大な損失をもたらす危険性が大きい。そのため商品取引所法、東京穀物商品取引所受託契約準則、または全国商品取引所連合会、全国商品取引員協力連合会において種々の規定を設け一般大衆の保護を図つている。かかる法や規則等の趣旨によれば、商品取引員がこれらの規則等に違反すれば違法であり不法行為を構成すべきものである。

ところで、訴外因幡、同三浦らが原告を勧誘する際輸入大豆の先物取引は絶対儲かる、損はさせない、任せてほしい等の言辞を用いたことは利益の断定的判断の提供であり、不当勧誘行為禁止(商品取引法九四条、東京穀物商品取引所受託契約準則一七条一号)に違反し、更に訴外因幡、同三浦らの勧誘行為は全国商品取引連合会、全国商品取引員協会連合会の商品取引員の受託業務の禁止事項中の無差別の電話勧誘の禁止、取引の説明義務違反に該当し、また先物取引委員会規則一―五五、投機性危険性の告知、追加保証金制度の告知、すなわち危険性の開示義務に違反する。更に大豆の値幅が五〇円から一〇〇円の変動があればすぐに報告するという報告義務違反、無断売買、手数料稼ぎとしか思われない無意味な反復売買、清算拒否、清算金返還遅滞等の被告の一連の行為が全体として不法行為を構成する。

そして原告は訴外因幡、同三浦らの右不法行為により委託保証金名下に金四九〇万円の支払を余儀なくされ、同額の損害を被つた。

(三) 右(一)(二)の違法行為は被告従業員である訴外因幡らが被告の事業の執行につき行つたものであるから、被告は民法七一五条一項により原告に対し原告が被つた金四九〇万円の損害賠償義務が存する。

7  債務不履行

被告は本件先物取引契約に基づき原告に対し善管注意義務を負う。右善管注意義務の主な内容は、原・被告間で大豆の値幅が五〇円から一〇〇円に変動した場合の報告合意に基づく価格変動報告義務、両建への誘導禁止義務、原告の指示に従つた売買をし、指示のない売買をしてはならない義務、利益金を支払わずに強引に保証金に組み入れさせ過大な売買へと誘導し大きく損をさせることの禁止義務であるところ、被告は前記のとおりこれらの債務の履行を怠り、原告の委託を受けずに売買を行い、無意味な売買等を繰り返して不必要な手数料を原告に負わせ、あるいは今売買すれば原告に損害を与えるであろう事情を知りながらこれを秘して原告に売買させる等し、原告に金四九〇万円の損害を与えた。

8  弁済

原告は昭和五八年九月二日被告から本件損害賠償金の内金として金一五八万二五〇〇円の弁済を受けた。

9  よつて、原告は被告に対し、委託保証金として預託した金四九〇万円から弁済を受けた金一五八万二五〇〇円を控除した残額金三三一万七五〇〇円、または損害賠償として同額の金員、及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五八年九月六日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、原告が○○○郵便局に勤務していることは認め、その余の事実は不知。

3  同3の事実は認める。

4(一)  同4の(一)の事実のうち、訴外因幡が昭和五八年二月中旬ころ原告に電話し、次いで同月一七日原告の勤務先の○○○郵便局を訪れ、輸入大豆の先物取引の勧誘を行つたこと、訴外因幡が同年二月二一日原告の勤務先に電話し、輸入大豆の先物取引三〇枚の勧誘をし、原告がこれに応じたこと、被告が同年二月二六日原告から委託証拠金二一〇万円を受領したことは認め、その余の事実は否認する。

訴外因幡が最初に原告に電話したのは同年二月一六日で、その内容は面会を求める旨のものであつた。訴外因幡と訴外三浦は同年二月二一日原告が電話で大豆の先物取引の勧誘に応じた後右郵便局に原告を訪ね、投機であるところの商品の先物取引について説明したうえ原・被告間で東京穀物商品取引所における輸入大豆の商品取引の委託契約締結の承諾を受けた。右の際訴外三浦らは原告から大豆三〇枚を成行で買いたい旨の意向を受けたので、右に対応する委託証拠金二一〇万円を用意してもらつたものである。

(二)  同(二)の事実のうち、訴外因幡らがその後しばらくの間原告に対し輸入大豆の値動きなどについて連絡し、原告の指示に基づき本件先物取引が行われたことは認めその余の事実は否認する。被告は同年三月八日原告に対し売買差益金七四万円を支払い、原告は右受領金員の内から金七〇万円を委託証拠金として被告に支払つたものである。

(三)  同(三)の事実のうち、原告が同年三月一五日被告に対し委託証拠金として金二八〇万円を支払つたこと、訴外三浦が同年三月一一日原告に対し両建をすすめたこと、原告が両建することを承諾したことは認め、その余の事実は否認する。

(四)  同(四)の事実のうち、同年三月一七日から同年三月二八日まで原・被告間で連絡がなされなかつたことは認め、原告の入院は不知、その余の事実は否認する。

5(一)  同5の(一)の主張は争う。

(二)  同(二)の事実及び主張は争う。

(三)  同(三)の事実は否認する。

(四)  同(四)の主張は争う。

6(一)  同6の(一)の事実は否認する。

(二)  同(二)の事実は否認する。

(三)  同(三)の主張は争う。

7  同7の事実は否認する。

8  同8の事実のうち、損害金の趣旨は否認し、その余の事実は認める。右金員は本件先物取引の委託証拠金精算残金として支払われたものである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実及び原告が○○○郵便局に勤務していたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、原告は大正一五年三月生れで、昭和二一年九月以来継続して郵便局に勤務し、本件当時右○○○郵便局の局長をしていたこと、また、本件当時、先物取引、株式など投機性のある取引の経験はなかつたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

二原告は被告に対し、東京穀物商品取引所における輸入大豆の商品先物取引を委託し、別紙取引一覧表記載のとおりの取引(本件先物取引)を行つたことは当事者間に争いがない。

三本件先物取引の経過

訴外因幡は昭和五八年二月中旬ころ原告に電話し、次いで同月一七日○○○郵便局に原告を訪ね、輸入大豆の先物取引の勧誘を行つたこと、訴外因幡は同月二一日○○○郵便局の原告に電話し、輸入大豆の先物取引三〇枚の勧誘を行い、原告がこれに応じたこと、被告は同月二六日原告から委託証拠金二一〇万円を受領したこと、その後しばらくは訴外因幡らが原告に対し輸入大豆の値動きなどについて連絡し、原告の指示に基づき本件先物取引が行われたこと、訴外三浦が同年三月一一日原告に対し両建をすすめ、原告はこれを承諾したこと、原告は同月一五日被告に対し委託保証金二八〇万円を支払つたこと、同月一七日から同月二八日ころまで原・被告間で連絡がなされなかつたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に〈証拠〉を総合すれば(以上の証拠のうち後記措信しない部分は除く)、次の事実が認められる。

1  訴外因幡(登録外務員)は、昭和五八年二月中旬ごろ、輸入大豆の商品先物取引を勧誘するため、学校の卒業生名簿等から○○○郵便局の局長をしていた原告をピックアップし、電話で面会することの了解を得たうえ、同年二月一七日ころ同郵便局に原告を訪ね、同郵便局の休憩室で原告に対し約二時間にわたつて輸入大豆の商品先物取引の仕組み、相場の変動要因等を説明したうえ「預金、国債、株式などより短期間で儲かる。今が一番買い得だ。今のうちに買つておいて高くなつたら売りに出すと莫大な儲けが出る。」等と勧誘した。これに対し原告は、右商品先物取引が投機であることは理解したものの、短期間で多額の利益がでることに半信半疑で、右時点では勧誘に応じなかつた。

2  訴外因幡は右勧誘の後、二、三回原告に電話して勧誘をし、同年二月一九日ごろ再び原告を同郵便局に訪ね、短時間ながらも前記同様に勧誘し、次いで同年二月二一日同郵便局の原告に電話し、「シカゴ相場から見て今が買い得だ。今買つておけば絶対儲かる。三〇枚買つてくれ。」等と輸入大豆の商品先物取引を今始めれば短期間で多額の儲けのでることを述べて勧誘した。その結果原告は右勧誘を信じてこれに応ずる旨回答するに至つた。そこで、訴外因幡と同三浦(登録外務員)は同日同郵便局に原告を訪ね、訴外三浦において先物取引を行えば多額の利益のでることなどを再度説明したうえ、原告に対し、「商品取引委託のしおり」(商品取引の仕組みの説明書)、「お取引開始に際しての契約書類」(受託契約準則の記載してある書面)を交付し、原告が「東京穀物商品取引所の輸入大豆の売買取引の委託承諾書」に署名押印し、原・被告間の本件取引委託契約が成立した。ところで、原告は右の契約の際、年収が四〇〇万円位であること、先物取引の経験がないので十分指導して欲しいこと、本件先物取引は二か月程度行つたら辞めるつもりであること、建玉が一〇〇円値上がつたら決済し、利益は現金で受け取りたい旨話し、訴外三浦らもこれを了解した。

なお、輸入大豆二月の七月限終値の動きは次のとおりであり、他の月と比較して格別大きな値の変動はない。

2月

1

3920

2

3870

3

3880

4

3940

7

4010

8

3990

9

3920

10

3960

12

3960

14

3970

15

3930

16

3920

17

3800

18

3820

21

3810

22

3870

23

3870

24

3880

25

3900

26

3860

28

3850

3  原告は訴外因幡らの勧誘により三〇枚の買建玉から始めることにし、被告に対し同年二月二六日預金の払戻し、郵便局からの借入れ等で用意した右の委託保証金二八〇万円を支払つた。被告は原告の指示に基づき同年二月二六日二〇枚、二月二八日一〇枚の買建玉をし(別紙の建玉番号1、2)、以後原告は、訴外因幡らからの相場の変動等の情報、売り買いの勧めに応じて、別紙の建玉番号1ないし6の売買を被告に委託して行つた。そして同年三月三日に別紙の建玉番号1、2の売で手数料を除く利益金七四万円が生じたが、訴外因幡から委託証拠金を増せば短期間にもつと儲かる等と執拗に勧められ、右内金七〇万円を委託証拠金に振替え(委託証拠金合計二八〇万円)、残金四万円のみ現金で受領した。なお、以降は原告が被告から利益金を現金で受領したことはない。

4  原告は、同年三月一一日現在四〇枚の買建玉(別紙の建玉番号4、5、6)を有していたところ、同日訴外三浦から電話があり、「値下りしているため追加証拠金が必要になるかもしれない。全部仕切ると金二八〇万円の委託保証金の半分以上の実損がでる。両建を組むと前の証拠金も生き新たに入れる委託証拠金も損得なく返還になる。」等と両建することを強く勧められ、その委託証拠金二八〇万円の支出を要求された。原告は訴外三浦の述べる意味も判らなかつたが損害を防ぐためなら已むを得ないと考え、結局右の申出を承諾し、手持の資金を既に全て使用してしまつていたため原告の妹に依頼し、同人から金二八〇万円を借受け、同年三月一五日同金員を両建用の委託保証金として被告に交付し、同年三月一六日四〇枚の売建玉がなされた(別紙の建玉番号7)。

ところで、原告の建玉について追加保証金が必要となる値段は金三八九〇円であつたところ、同年三月一一日当時の原告の建玉(買建玉)の内訳及びその前後の相場の動きは次のとおりであり、訴外三浦が述べるような状況であつたのか疑問が生じる。

建玉番号

限月

年月日

枚数

約定値段

3月11日の終値

4

8

58.3.4

10

4070

3970

5

8

58.3.7

10

4070

3970

6

8

58.3.9

20

4010

3970

(一)  原告の有した建玉(買建玉のみ)

(二)  値動き(八月限 終値)

3月

4

4040

7

4110

8

4060

9

4030

10

4020

11

3970

12

4000

14

4010

15

3990

16

3970

17

3980

18

4010

22

4040

23

4180

24

4150

25

4230

26

4220

28

4250

29

4230

30

4250

31

4240

5  原告は持病の結核が悪化したため同年三月一六日本荘市所在の秋田病院に入院し、長期の療養を受けることになつた。そのためしばらく、原告と訴外因幡、同三浦らとの連絡が途絶えたが、同年三月二八日ころから電話による連絡がつくようになり、原告はそのころから同訴外人らに建玉を全て仕切つて取引を終了させたい旨述べるようになつたが、同訴外人らから今仕切ると損が出る等と取引の継続を執拗に促され、不本意ながらも、訴外因幡、同三浦らの勧めに従つて建玉を起こす等従前同様の取引を継続した。そして、原告は同年四月一一日同訴外人らの勧めるままその意思とは反対に当日の利益金二六〇万円の中から金七〇万円を更に委託証拠金に充当し(委託証拠金合計額金六三〇万円)、同日買建玉五〇枚を起こし、取引を拡大した。

6  原告は同年五月六日訴外三浦から連絡を受け、「相場が動いて追加証拠金が必要になりそうだ。その場合は金二八〇万円位かかる。追加証拠金を納める余裕がないのなら新たに売建玉を起こした方がいい」等と言われ、原告は右の事態の理解ができないまま損害を防ぐためならと新たに委託保証金七〇万円を支出して売建玉一〇枚を起こすことを承諾した。しかし、同年五月九日ごろ訴外三浦から値動きが大きいとして売り仕切りを勧められ、結局右売建玉は撤回され、同日、四月二五日付の四〇枚の買建玉が売値四二九〇円で仕切られ金一七〇万円(委託手数料も含む)の損失を被つた(右時点の損益勘定は、金一六五万円の損金となり、同年五月三〇日委託証拠金六三〇万円より充当された)。原告は、勧められるまま両建までしていながら、損失が拡大するため訴外三浦らのやり方に不信を抱き、原告のもとに説明にくるよう再々求めたが、訴外三浦らは約束の日のいずれにも来なかつた。そのため原告は被告に対し同年五月一七日到着の葉書で全建玉(別紙の建玉番号7)を手仕舞いする旨通知した。

訴外因幡、同三浦らは右手仕舞の通知に対し、原告に電話し、「今手仕舞いすると損金が出る。短期間で元のように利益が出る。」等と取引の継続を執拗に求め、原告をして已むなく取引の継続の承諾をさせ、その後は再々にわたり取引の手仕舞を求める原告を右同様に説得し、原告の明確な判断もないまま、一応は原告の指示に基づくとはいえいわば訴外三浦らの言いなりによる本件取引を継続した。

7  原告は訴外三浦、同因幡らが、原告の手仕舞いの意向を取り合つてくれず、かえつて取引が継続させられて損害が拡大していくことに不安を覚え、同年八月一〇日原告訴訟代理人に本件の解決を委任し、原告訴訟代理人からの指示により、同日原告の建玉は全て手仕舞いとなり、同年九月二日被告から原告に対し委託保証金の精算金一五八万二五〇〇円が返還された。

右全取引経過により被告は合計三〇〇万円を超す手数料を原告から収取した。

なお、前記の個々の売買については被告から原告に対し、その都度売買報告書及び売買計算書、月ごとの現在高照会書が送られ、原告は各取引の明細を了知していたが、原告から被告に対し無断売買等の異議が申し立てられたことはなかつた。

以上の事実が認められ、〈証拠〉中右認定に反する部分は前掲証拠に照して措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

四不当利得について

(一)  公序良俗違反

本件先物取引の経過は前記認定の通りであり、また訴外因幡らの勧誘の違法性については後記五の判断のとおりであるが、これらの事実によつても、本件先物取引契約が公序良俗に反し無効となるものと解することができず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

(二)  錯誤

原告の錯誤の主張は、動機の錯誤の主張と解しうるが、いかなる動機の錯誤の主張なのか明らかではない。また原告が先物取引、ないし本件先物取引契約の内容、仕組みを十分理解しないまま本件先物取引契約を締結した旨主張するが、この点については前記認定のとおり、原告は本件先物取引の概要(投機であること、その凡その仕組)を理解していたものであり、いずれにしても、右錯誤の主張には理由がない。

(三)  無断売買

原告主張の無断売買の事実が認められないことは前記認定のとおりであり、右主張は理由がない。

五不法行為について

(一)  詐欺について

前記認定事実によれば、訴外因幡、同三浦らは原告に対し本件先物取引が投機であること、すなわち、取引により損失が生ずることもあることを一応説明し、原告もそのことは十分理解したうえで同訴外人らの説明を受けていたことが認められ、右事実によれば、原告は訴外因幡らの勧誘に用いた言辞がつまるところ訴外因幡らの相場観ないし見込であることを認識していたものと推認される。したがつて右詐欺の主張は前提事実を欠き、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(二)  請求原因6の(二)について

商品先物取引は極めて投機性が高く、僅かな単価の変動によつても莫大な損失を生ずる危険性のあることは公知の事実であり、また、成立に争いのない甲第一二号証によれば、一般的には、商品先物取引は評価益が出るのは全注文のうち三割程度にすぎず残り七割は損失を被るという危険な取引であるため、仮りに右取引を行うとするならば、証拠金は余裕資金を使用し、資金の投入は計画的に行い、何度も連続して益を得るのは非常に難しいから、一度に全額を投入してしまわず、証拠金として使用する予定額の多くとも三分の一くらいから始めるべきであるといわれていることが認められ、商品取引所法、商品取引所の内部規則等では特に知識、経験のない顧客の不測の損害を防止し、その保護を図るべき種々の規制を設けている。従つて、商品先物取引を勧誘する外務員は顧客の保護のため強い注意義務が課せられており、これらの規制に違反し、その結果外務員の行為が社会通念上商品先物取引における外務員の行為として許容しうる範囲を超えた場合は、不法行為を構成するものと思料される。

そこで、右の観点から本件を考察するに、訴外因幡、同三浦の行為には次のとおりの違法もしくは不当な行為があつた。

(1) 商品取引所法九四条一号、九六条、前掲乙第三号証により認められる東京穀物商品取引所受託契約準則一七条一〇号によれば、外務員は受託業務に関し、顧客に対し利益を生ずることが確実であると誤解さすべき断定的判断を提供してその委託を勧誘することが禁じられているところ、訴外因幡、同三浦の原告に対する勧誘はこれに違反している(前掲三の1・2)。

(2)  〈証拠〉によれば、全国の商品取引所は、次の行為を禁止し、これらの事項に抵触した場合は、当該商品取引員および登録外務員に対し、制裁を課す旨定めていること、すなわち、(a)新規委託者の開拓を目的として面識のない不特定多数者に対して無差別に電話による勧誘を行うことの禁止、(b)長期療養者、信用組合、信用金庫等の公金出納取扱者に対する勧誘の禁止、(c)委託者の手仕舞指示にからんで同一商品の他の限月等に新たに建玉するよう強要し、また利益が生じた場合にそれを証拠金の増積みとして新たな取引をするよう執ようにすすめ、あるいは既に発生した損失を確実に取り戻すことを強調して執ように取引をすすめることの禁止、(d)同一商品、同一限月について、売または買の新規建玉をした後に対応する売買玉を手仕舞せずに両建するようすすめることの禁止、以上が認められるところ、訴外因幡、同三浦らの行為は右(b)、(c)、(d)の禁止事項に違反し、また(a)の禁止事項に違反している疑いも残る。

(3)  〈証拠〉によれば、取引員の自主的申し合せ事項(受託業務に関する全協連の協定事項)として、右(2)の禁止事項等の外、新規委託者からの売買取引の受託にあたつては原則としてその建玉枚数が二〇枚を超えず、新規委託者から二〇枚を超える建玉の要請があつた場合には売買枚数の管理基準に従つて適確に審査し、過大とならないよう適正な数量の売買取引を行わせると規定されていることが認められるところ、訴外因幡、同三浦らの勧誘は右規定に違反し、審査も経ずに当初から三〇枚の建玉を勧誘した。

右の訴外因幡、同三浦の違法不当な措置及び前記本件先物取引の経過事実を総合すれば、同訴外人らが原告に対してとつた措置は社会通念上商品先物取引における外務員の行為として許容しうる範囲を超え、全体として民法上の不法行為を構成するものと認めるのが相当であり、同訴外人らの行為が被告の事業の執行につきなされたものであることは前記認定事実に照して明らかであるから、被告は民法七一五条により原告が被つた損害である金三三一万七五〇〇円(原告の現実の支出金合計金四九〇万円から返還金一五八万二五〇〇円を差し引いた額)を賠償すべき義務があるものといわざるをえない。

六過失相殺

一方原告は、取引を始めるに当り本件先物取引が投機であることを理解していたのに、訴外因幡らの確実に利益が生ずるとの言葉を安易に信じたこと、両建の勧めに対しては、これを断わり取引の拡大を防止しえたのに安易にその勧めに応じたこと、手仕舞いの意思を実現することも可能であつたのに安易に取引を継続したこと等の過失があり、右のような過失に鑑みると、本件賠償額の算定にあたつては、前記の原告の損害に四割の過失相殺をするのが相当である。

したがつて、被告によつて賠償さるべき原告の損害額は金一九九万〇五〇〇円となる。

七以上によると、原告の本訴請求は不法行為に基づき被告に対し、金一九九万〇五〇〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五八年九月六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官宇田川 基)

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